鶯はその別名の通り、柔らかく開いた5枚の花弁をつけた枝の上で羽を休めては高らかに鳴く。
それと同時に開け放たれた窓からピピピと鳴り響いた電子音。まだ洗剤の匂いが残ったカーテンを揺らしたのは、花の薫りを乗せた暖かい風だった。
餅のように膨らんだ布団から腕だけが伸びて、手探りで音源を探す。物体を捉えた指はてっぺん押して鳴り止ませるや否や力を失ってベッドに落ちる。
そのまま寝息が聞こえてくるかと思いきや、布団が音を立てて翻った。
餅の中から出てきた少年は橙色の髪をわしゃわしゃ掻き回した。しきりに眼を擦る子供のような表情は、寝不足です、と言いたげだ。
表情と同じく容姿もどちらかと言えば童顔に部類するのだろう。ブレザーを着せたり、参考書を持たせたりしないと実年齢より幼く見えてしまうかもしれない。
半ば転げ落ちるように温まった巣から這い出て、まだ若干冷えるフローリングの床に足をつける。
しかし目を覚ますには冷たさが足りない。普段よりも心なしか弛んだ顔を引き締める為、自室を後にした。
何気なく視線を横にずらすと、隣の部屋のドアが微かに開いていることに気付く。週末になると大抵そうなので何をしているかは安易に想像できた。
漏れてくる聞きなれたRPGのメロディーから確信を得てしまった。
これから受験シーズンを控えているのに大丈夫なのか、毎日やっていて眼が疲れないのか、と兄なりに心配はするものの実際に言えた試しは一度もない。
少し遅めの反抗期だと兄は兄なりに捉えていて、時期が来れば弟も相手してくれるだろう。そう解釈するようにしていた。
いつでも見守っているからね、と心の中で言い訳がましく呟いて、半螺旋状の階段を下りた。
思う存分水を浴びせ、鏡に映る顔は先ほどよりも幾分マシになった。ニュースキャスターが雑談を始めたリビングへと移動する。
もうテレビがついているということは一階の主が起きているということだ。キッチンを覗いてみる。
予想どおりエプロンの後ろ姿が垣間見えた。ベーコンの焼ける匂いに腹が反応して鳴く。磨かれたダイニングテーブルの手前から朝の挨拶を呼びかける。
「あら、今日はいつもより早いのね」
振り向いた母がいつになくにこやかな気がするのは、彼自身の気分にも因るのだろうか。
まだ食パンは焼けていないようなのでトースターを稼働させる。自ら進んで手伝うなんて珍しいと、自分で自分に驚きながら。
その間に冷蔵庫からバターやジャムを取り出して食卓に並べる。おかずの取り皿が2枚しか置かれていないことに少々ため息が漏れた。
天井を仰ぎ見る。朝食ぐらい食べればいいのに。
占いが始まる頃には食事の支度もすっかり終えて、テレビに食いつきながら席についた。
おうし座が一位だという結果につい口が綻んでしまう。
そうだ。今日、僕は一位でなくてはならない。
占いの教えに従って、霞んだ白色のパーカーを箪笥のどこに仕舞ったのかを頭の中で模索した。
母はポテトサラダを取り分け、息子に手渡した。
「今日は友達が来るんでしょ?」
「友達っていうか……うん、まあね」
「母さんは初めて会う子かな。同じ高校の子?」
「同じ高校じゃなくて、多分初めての子」
そこまで言って、今日来る子について色々と口にしたくなったが、喉元まで来たそれをサラダと共に飲み込んだ。
「来たら紹介するから」
早口で言葉少なに言うと、何を思ったのか母は楽しげに目を細めた。
「ふーん、そっか。期待してるわね」
水を得た魚のように嬉々とする母。それに対して子供の方はというと、目が勝手に泳いでしまっている。
「そういえばゆっくりご飯食べているけれど、お部屋の掃除とかはしなくていいの?」
ガタッと腰を浮かす。そこまでは予定に入っていなかった。
テレビの端に表示された数字に慌てて目を向ける。大量のイチゴジャムを塗ったトーストを2、3回に分けて口に放り込み、牛乳で押し流す。
ほぼ丸呑み状態に咳込みながらも、シンクに食器を出すことは忘れない。
「ごちそうさま!」
気合を入れるかのような、今日一番の元気な声が出た。
息子が階段を駆け上る姿を映し、淹れてきたばかりの紅茶に浮かぶピンクの花びらを眺めて
「春ね」
笑顔と呟きとが一緒に零れた。
一応リクエスト作品です。お題は「涼と雪花さんのほのぼの話」
霞白さんのオリキャラ、桜雪花さんとのデート前の様子を書いたつもりだったのですが…彼女の名前すら出てませんね;
大切なお子さんをお借りしたのに申し訳ないです><。
背景画像提供→空に咲く花/なつる様...
Linkよりサイトに飛べますので是非!
11/09/03