泣くのは
「泣くのは嫌いだ」
少女はとても泣き虫だった
ひとりになると泣きだし
孤独を嫌った
家に置いていかれるのが嫌で
わたしも連れて行って、と服の袖にすがりついていた
欲しいものがあると泣きだし
ものをねだった
一度気に入ってしまったものはどうしても手に入れたくて
買ってくれるまで駄々をこねた
怒られると泣きだし
うまくいかないと泣きだし
苛立つと泣きだし
苦しいと泣きだした
一滴の水が数年をかけて大きな岩を穿つように
涙は彼女の心を形成していく
ある日、彼女は泣かなくなった
またひとつ大人になったのだと彼女は大いに喜んだ
涙を隠すのは大変だった
なるべく洟をすすらないようにし
嗚咽を漏らさないように必死で口を押さえた
寝たふりをするのにも呼吸を整えるのが難しかった
部屋の鍵を閉め、毛布を頭まで被って、顔を見られないようにした
泣きすぎた次の日は
目蓋が腫れぼったくなることを彼女は知っていた
目が充血して痛くなってしまうのが嫌だったし
寝不足気味なんだ、と伏し目がちで過ごさなければならなかった
それをしなくて済むようになったのだ
「泣くのは嫌いだ」
しかし何年か経った今
彼女は再び泣きだした
ふと、人間はそんな機能があったのだと思い出したかのように
堰き止めていたダムが決壊したかのように
今日もまた夜になると
明日が怖くなって涙を流す
意味も価値もを見いだせず
己を悔やみ
人が怖くなって
明日が不安でたまらなくて
人は怖いくせに
せっかく繋いだ
何かが切れてしまうのを恐れてもいた
そうやって考えて泣いた後は
決まって心臓を抉るような、体の奥底から這い出る
酷い寒気に襲われた
幼いころとは違う色の涙を流すようになった
色は違えど形は同じ
昔と同じように泣いた後は
目蓋と鼻が赤くなった
頬がかさかさになった
目のふちが痛くなった
喉がからからになった
鼻が詰まって息苦しくなった
次の日は目が開き辛くなった
頭がぼーっとした
すっからかんになった
また寝不足だと嘘をつかなければならなくなった
一番嫌だったのは
泣いたら忘れてしまうことだった
洗い流されて辛いことをすべて忘れる
なんだかそれがいけないことのような気がした
「泣くのは嫌いだ」
それでも彼女はたくさん泣いた
本当によく泣くなあ、
ぽつりと呟く
女々しいし、情けない
自分でも参ってしまうくらいによく泣く
泣き疲れて眠ってしまうことがよくあった
逆に涙が止まらなくて眠れないこともよくあった
そんな彼女に厄介なことがもうひとつ
彼女は嬉しくても泣いた
感動するドラマを観て泣いて
励まされて泣いて
嬉しいと泣いて
幸せを感じると勝手に涙が溢れだした
そうやって思って泣いた後は
決まって胸の奥底からじんわりと
緩やかに沁みだす暖かさが身を包んだ
きっとこれから先も彼女は泣き続ける
もしかしたら悲しくて泣くのと嬉しくて泣くのとでは
前者の方が多いのかもしれない
けれど
枯れ木に花を咲かせるように
いつの日だって水は、涙は、
栄養となってここまで彼女を育てた
心を丸くもしたし、尖らせもした
生きている
と強く実感させた
泣くことは恥ずべきことだ
彼女は言う
けれども
大切なことでもあるのかもね
彼女はつけ加えた
言い訳っぽくなってしまうけど
彼女は笑った
ありがとうを言われても
さようならを言われても
頑張ったねを言われても
ごめんねを言われても
彼女はまた泣くのだろう
今一番近くにある出来事はきっと
「さようなら」だ
永遠は信じていない
あまりにも不確かすぎるから
今までそれが叶えられたことはなかったから
でも
あなたが言った「またね」は
何十年とは言わないまでも
明日に明後日に
繋がっていると信じている
できるなら
今を思い出にしたくはない
単純な排水作業で
洗い流してしまいたくはない
「だから泣くのは嫌いなんだ」
いくら泣いたとしても
あなたとの記憶が零れ落ちていかないように
またいつかの明日に繋がるように
彼女は何度目か分からない
涙を拭う
出会いがあれば、別れはつきもの。
それでも文中の彼女は「繋がり」というものを信じていたいそうです。
上の文とはあまり関係が無いのかもしれませんが、この場をお借りして
いつもお世話になっているみなさんへ。
今までありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いいたします。
12/11/05